ファスト映画投稿者が主張する「コンテンツIDだから合法」は本当なのか?

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映画は映画館や動画配信サービスで観るもの…そういう認識はいつの間にか変わってしまったのでしょうか。「ファスト映画と呼ばれる違法な動画コンテンツを世界最大規模の動画投稿サイト「YouTube」に公開したとして、宮城県警察本部と塩釜警察署は2021年6月23日、容疑者3名を著作権法違反の疑いで逮捕。ファスト映画をめぐって逮捕者が出るのは全国で初めての事例となりました。しかし、まだファスト映画を公開し続けている人はおり、その人の中には「自らが投稿した動画はコンテンツIDによって配給会社に収益が支払われているので問題ない」と主張し、合法との見方を示しています。これは本当に正しいのでしょうか。

FULLMUVIVERSE オリジナル・ニュース(深堀り)

ファスト映画とは?

「ファスト映画」という聞きなれない言葉が急に飛び出してきて困惑した人もいるかもしれません。しかし、これは若者を中心に確実に定着しつつある言葉です。

「ファスト映画」というのは「ファストシネマ」とも呼ばれており、簡単に言ってしまうと「映画を10分程度に短く編集した動画」です。一般的に映画を本編丸ごと動画サイトにアップロードでもすれば当然ながら違法であるのは言うまでもないことです。俗にいう海賊版になってしまいます。しかし、この「ファスト映画」は映画自体を丸ごとアップロードしていることはありません。部分的に動画や静止画を使って編集し、テキストや音声なども混ぜ合わせながら、主にストーリーのあらすじがわかるように構成されています。オープニングはこうで、その後にこんなキャラクターがいてこんな展開になって、最後はエンディングはこうです…と語っていく動画とイメージしてもらえればわかるでしょう。

こうした「ファスト映画」は約10分程度の動画時間でだいたい2時間程度ある映画の内容をおおよそ理解することができるように作られています。もちろんあらすじの理解にしか使えず、それだけで感動したり、深い考察を楽しんだりということはほぼできません。完全に話の概要さえわかればいいだけの動画です。

「コンテンツ海外流通促進機構(CODA)」の調査では、この1年間に少なくとも55アカウントから投稿された約2100本の「ファスト映画」を確認したと示されています。総再生数は約4億7700万回で、決して不人気というわけではなく、むしろかなりの支持があり、好んで再生している人が多いことがわかります。

なぜそんな動画が支持されるのか。その背景にはなるべく時間をかけずに映画の概要だけを理解して「映画を観た」という気分に浸りたいという需要があると考えられています。もしかしたら映画を観ていないのは恥ずかしいのでなんとなく概要だけ知った気分になって友人の会話についていくためかもしれませんし、恋人の前で知ったかぶりをしたいだけなのかもしれません。少なくとも一般的にいるような熱心な映画ファンは絶対にやらないような行為ではあるでしょう。ちょっとズルい気もしますが、なにかと時間がなく効率性を重視する現代社会において「ファスト映画」は需要に答えているのは確かです。

「引用」となるには条件がある

ではその「ファスト映画」は合法なのか。今回逮捕者が出たことでその合法という主張はかなり厳しいものであることはわかります。勝手に映画の一部を切り取って利用しているのですから違法になるのは想像がつきます。

しかし「引用」にはならないのでしょうか。実は「引用」となるには条件があります。一般的によく言われている条件は以下のとおりです。

・主従関係が明確であること(明確性)
・引用部分が他とはっきりと区別されていること(明瞭区別性)
・引用をする必要性があること(必要性)
・出典元が明記されていること(出典)
・改変しないこと

とくに「ファスト映画」に関係してくるのは「主従関係」と「引用部分の区別」、そして「改変」の問題です。基本的に「引用」と認められるには「主」となる独自のコンテンツがあって、そこにちょっとだけ引用部分を加える程度でないといけません。例えば、自分独自のテキスト文章(5000文字)がメインでその中に引用した画像が1つだけ加えられているならば、どう考えても「主」になるのはテキストであり、引用として成立します。しかし、「ファスト映画」は動画や静止画といった映画コンテンツが大量に動画内でずっと使われており、投稿者独自の部分(テキストや音声)は副次的なものにすぎません。しかも、どこまでが引用なのかその範囲もよくわかりません。さらに動画を作るにあたって映画コンテンツから動画や静止画を抜きとってひとつの動画ファイルに加工しているので改変もしてしまっています。

これらの理由から「ファスト映画」は「引用」とは言えないと多くの専門家は判断しています。「引用」となるには、出典元を「(c)」などを使って明記してさえすればいいと考えている人もいますが、それは間違いなのです。

この「引用」の条件を満たしていないのであれば、それがネタバレがあるかどうか、考察批評のものかどうかといった内容そのものはあまり関係なく、すべてはこの条件しだいになります。逆に言えば引用条件を満たしていればネタバレしていても悪いということにはなりません。

コンテンツIDだから合法…にはならない

しかし、「ファスト映画」投稿者の中には「コンテンツID」という用語を持ち出して合法を主張する者がいます。

時事通信の記事から一部を「引用」すると…

「DVDの映像を無断投稿した時点で違法になるのでは」。記者が問い掛けると、男性は「自分の広告収益のうち、半分は『コンテンツID』という仕組みで配給会社側に支払われており、合法だ」と反論。宮城県警による摘発報道以降、自身のアカウントには批判的なメッセージが相次いで寄せられたと不満を漏らし、「配給会社に収益が支払われることで、(合法との)お墨付きを得ているはずだ」と納得がいかない様子だった。

引用:10分で結末「ファスト映画」はびこる背景 投稿者が語った「錯覚」とは;時事通信

ここで登場する「コンテンツID」とは何か。これはYouTubeに備わっているシステムのひとつです。公式では以下のように説明されています。

Content ID は、著作権者が自分の所有するコンテンツを含む YouTube 動画を発見しやすくするための、柔軟性の高い自動識別システムです。

引用:Content ID の使用;YouTubeヘルプ

YouTubeでは誰でも動画を投稿できるので著作権侵害コンテンツもたくさん発生してしまいます。しかし権利者が自分で著作権侵害コンテンツを膨大な動画の中から探すのは大変です。そこでこの「コンテンツID」によって自動で著作権侵害コンテンツを探してくれるという便利なシステムがあるのです。著作権侵害コンテンツを見つけると、権利者にはいくつかの選択肢が与えられます。その主な選択肢は、動画を削除させるか、もしくは広告収入を自分のものとするかです。後者を選べば著作権侵害をした人は儲けることができず、その利益がきちんと権利者の手元に届きます。

つまり、この説明でわかったと思いますが、この「コンテンツID」はあくまで正規の権利者が著作権侵害コンテンツを見つけるためのシステムであり、決して「コンテンツID」で特定された動画が「合法」になるわけではありません(当然ながら違法のままです)。「コンテンツID」の仕組みで権利者に収益が流れようとも著作権侵害の動画を投稿した人が不正におカネを稼いでいた事実は変わりません。「コンテンツID」はいわば万引き犯を自動で追いかけるロボットみたいなものです。そのロボットに捕まっておカネを部分的に支払ったとしてもまた何度も万引きを繰り返しているようでは反省していない犯罪者ということになります。

なぜか一部の「ファスト映画」投稿者の中にはこの「コンテンツID」の仕組みを自分勝手に解釈し、自身が権利者と契約を交わしたと勘違いしている者がいるようです。わざわざ自分のSNSアカウントやチャンネルでその持論を語っている者もいます。無論ではありますが、「コンテンツID」に関する「ファスト映画」投稿者の主張は全てが法律に則ったものではなく、完璧に自論でしかないものです。弁護士が「問題ありません」と支持しているならまだ議論の余地はありますが、そういうこともなく、法的根拠はなし。「俺がそう考えているからそうなんだ」という素人による独善的な発想にすぎません。

そもそも「ファスト映画」の多くは「コンテンツID」をすり抜けやすい内容になっています。映画の本編をそのまま使わずにテキストや音声などをかぶせて編集しているからです。「ファスト映画」投稿者もこの「コンテンツID」という著作権侵害コンテンツ検出システムに引っかかりにくい動画を意図して作成しています。完全にそれは防犯カメラに映らないように強盗に入る方法を考える犯罪者と同じ行動であり、言い逃れできるものではないでしょう。

こうした「コンテンツID」を言い訳にする一部の「ファスト映画」投稿者の主張は、「ファスト映画」がこれほどまでに支持される土台を作る欠片になったかもしれませんが、それは口からデマカセの都合のいい詭弁です。そのハリボテが壊されてしまえば、今も隠れもせずに「ファスト映画」を公開している動画投稿者はどんな犯罪映画の悪役よりもあっけなく逮捕されてしまうでしょう。