映画評論家として多方面で活躍する町山智浩氏が、映画や劇などの批評家である北村紗衣氏を揶揄するコメントを自身のTwitterに投稿し、多くの人から非難を浴びました。
FULLMUVIVERSE オリジナル・ニュース(深堀り)
背景として何が起きていたのか?
北村紗衣氏はシェイクスピアの研究を専門としているイギリス文学者であり、近年は批評家としても大きく活躍の場を広げていました。『お砂糖とスパイスと爆発的な何か ― 不真面目な批評家によるフェミニスト批評入門 ―』(書肆侃侃房、2019年)や『批評の教室 ― チョウのように読み、ハチのように書く ―』(筑摩書房〈ちくま新書〉、2021年)といった著作もだしており、多くの読者に支持されています(出典:日本経済新聞「推し活」に役立つ技術 SNS時代は批評で仲間作り 批評の教室 北村紗衣著 ベストセラーの裏側)。また、映画ファンの間でも人気の高い『アフター6ジャンクション』(TBSラジオ)などメディアにも出演し、各所で映画や劇などの批評を独自の視点で語ってもいます。
そんな北村紗衣氏ですが、Twitterでも活動しており、こちらでも多くのフォロワーを抱えています。しかし、その北村紗衣氏に女性蔑視的な敵意を向ける人も一部でおり、不定期的に誹謗中傷に該当するようなコメントをするアカウントも確認されていました。ときには誹謗中傷が過熱することもあります。
そのひとつが2021年3月頃に明らかとなった呉座勇一氏による北村紗衣氏への誹謗中傷事件。この事件を契機に、多くの人々がアカデミックな業界で起きている女性差別的な体質を改善しようと声をあげる運動が起きました。それが北村紗衣氏も呼びかけ人のひとりとして名を連ねているオープンレター「女性差別的な文化を脱するために」でした。
ところが2022年1月、このオープンレターのせいで誹謗中傷の加害者が厳しい処分を受けたという言説が一部で拡散(実際に処分を判断したのは所属組織であり、オープンレターがどの程度材料に使われたのかは不明です。処分を求める内容ではありませんでした)。この言説がしだいに陰謀論的に増幅し、北村紗衣氏への二次被害が再燃しました。無数の誹謗中傷コメントが殺到する事態となりました。
騒動の詳細は以下のサイトで整理されています。
町山智浩氏からの揶揄コメント
そんな中、その騒動の火にさらに油を注ぐような行為も起きました。それが映画評論家として多方面で活躍する町山智浩氏が、北村紗衣氏とこの一連の二次加害を揶揄するコメントを自身のTwitterに投稿した問題です。
町山智浩氏は自身のTwitterで以下のようなコメントなどを画像付きで投稿。
「方法論的女性蔑視」VS「男性皆殺し協会」……。
この「男性皆殺し協会」というのは、ヴァレリー・ソラナスという活動家が 1967年に自己出版した「SCUM Manifesto」のことであり、この「SCUM」は「Society for Cutting Up Men」の略だとも言われており、日本語では「男性皆殺し協会」と翻訳されることもあります。いわゆる風刺やパロディの文献として扱われており、世界中で何度も再出版され、13の言語に翻訳されてもいるほどに有名です。このヴァレリー・ソラナスは『アンディ・ウォーホルを撃った女』という映画の題材になったこともありました。しかし、「SCUM Manifesto」に関する日本での言及した資料は乏しいのが現状です。
そこで北村紗衣氏は過去にこの「SCUM Manifesto」を一部翻訳して紹介したことがありました。これによって「北村紗衣氏は“SCUM Manifesto”の内容を支持している」と誤解する人が出現。同氏に対する誹謗中傷の口実に使われました。当然、同氏は「SCUM Manifesto」を学術的な観点から紹介しただけにすぎません。
そうした背景がある中でのこの町山智浩氏の投稿は、北村紗衣氏と男性皆殺し協会がまるで関係あるかのようなコメントであり、ミスリードを誘ってさらに二次加害を助長しかねないものです。また、今回の一件は二次加害であり、「どっちもどっち」で済まされるような話ではなく、にもかかわらずに被害者側にも非があるかのようなイメージを与えています。このような二次加害は「被害者側にも非がある」という主張が蔓延して起きている実態もあります。
この町山智浩氏の投稿に対して「そういう揶揄をやめてください」「これ以上加害行為をしないでください」という批判がさまざまな人から集まりました。
後に町山智浩氏は「男性皆殺し協会」は北村紗衣氏に言及したものではないとTwitterでコメントしましたが、わざわざ以前から被害者が誹謗中傷の材料にされている「男性皆殺し協会」という言葉を用いた軽率な行為に対する言い訳としては歯切れが悪いものになっています。
映画業界の中に充満する女性差別の文化
町山智浩氏は自身の映画批評の中でもフェミニズムやMeToo運動などを積極的に紹介しています。にもかかわらず、自分の身近な問題に関しては平然と(無自覚にせよ)女性差別に加担してしまうという、今回の明らかになった現状。
これについて日本の映画業界には女性差別の体質がこびりつているという指摘は以前からあります。そもそも町山智浩氏は昔から「映画秘宝」という雑誌に深く関わってきた実績があり、この雑誌は多くの映画ファンに愛されてきました。しかし、2021年に当時の編集長が女性に対して恫喝的なダイレクトメッセージを送っていたことが判明し、編集長を辞め、雑誌の編集体制も大きく変化しました。この時も町山智浩氏は女性差別にして断固として反対の声をあげないという態度をとり、一部で非難を集めていました。
結局のところ、日本の映画業界の中には女性差別の体質がずっと継続している状況があり、今回もそれが顕在化したのかもしれません。
現在、日本では映画業界の女性差別を見直し、解消していこうと動いている人たちがたくさんいます。その試みが成功するかどうか業界の未来にとっても大切です。しかし、業界で支持を集める批評家のような人間が平気な顔で女性差別文化を面白がっている状態が続くのであれば、その未来は手が届かないものになってしまうでしょう。
もしネットで誹謗中傷を見かけたら
ネットの誹謗中傷は、単に個人を不快な思いにさせるだけではありません。犯罪行為になることがあります。具体的には以下のとおりです(法律については「e-Gov法令検索」で調べることができます)。
(名誉毀損)
公然と事実を摘示し、人の名誉を毀き損した者は、その事実の有無にかかわらず、三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。
(侮辱)
事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、拘留又は科料に処する。
(信用毀損及び業務妨害)
虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて、人の信用を毀損し、又はその業務を妨害した者は、三年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
(脅迫)
第二百二十二条 生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者は、二年以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処する。
2 親族の生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者も、前項と同様とする。
周りのノリに合わせて面白がってコメントしただけという人もいるかもしれませんが、誹謗中傷は絶対にしてはいけません。SNSはたとえ匿名アカウントであっても法的な手続きに則り、相手を訴えるために個人情報開示をSNS企業などに対して要求することもできます。どうせバレないだろうという認識は浅はかです。
もし誹謗中傷するコメントを見かけた場合は、決して参加するようなことはせず、倫理観を持って行動しましょう。SNS上から違反報告して削除を求めることもできます(例えばTwitterでは「特定個人を標的にした嫌がらせ行為やそれを煽る行為」「個人または集団に向けた暴力をほのめかす脅迫」「人種、民族、出身地、社会的地位、性的指向、性別、性同一性、信仰している宗教、年齢、障碍、深刻な疾患を理由にして他者を脅迫したり嫌がらせをする行為」などが禁止されています)。より多くのユーザーが違反報告をすれば、削除になる可能性は高まるかもしれません。