岩波ホールを閉館に追い込んだのは誰なのか…国の責任を厳しく問う声も

映画ニュース

映画ファンにとって映画を観る場所は今もやはり映画館です。動画配信サービスの存在が目立つ現在でも映画館を無視することはできません。とくにシネコンと呼ばれる主に大作映画を上映している映画館は身近ですが、映画ファンにとってはミニシアターや単館映画館と呼ばれる劇場が大切な映画との触れ合いの場になっているという人もいるでしょう。

そんな中、日本の映画ファンを悲しませる残念なニュースがありました。それが単館映画館「岩波ホール」が2022年7月29日に閉館するというお知らせです。

FULLMUVIVERSE オリジナル・ニュース(深堀り)

岩波ホールとは?

岩波ホールは1968年2月から多目的ホールとして開館。故・川喜多かしこ氏と、総支配人である故・高野悦子氏が名作映画上映運動「エキプ・ド・シネマ」を発足。インド映画『大樹のうた』を上映し、単館映画館の道を進み、これまで65カ国・271作品の名作を上映してきたという歴史のある映画館です。

単なる小さな劇場というわけではありません。そこには簡単には形容できない深い歴史があります。日本の映画史を作り上げてきた実績があり、この岩波ホールがなければ、日本の映画の歴史は変わっていたかもしれません。

この岩波ホールでしか上映されないような映画もたくさんあり、そうした貴重な映画の上映を求めて通う人も大勢いました。海外のマニアックな映画に出会い、その世界を体験し、同じ映画を愛する仲間と時間を共にできるという数少ない場であり、その伝統を先頭で作ってきた重要な場所でした。シネコンで上映されるような大ヒット作ばかりが話題になりやすい昨今だからこそ、岩波ホールのような存在は文化を支える柱になってきました。

その岩波ホールの突然の閉館のお知らせは映画ファンを動揺させました。実は2020年9月25日の営業をもって一時休館し、改修工事を実施し、2021年2月6日から開館という経緯を辿っていました。当然ながらそこまでやっていたのでこのまま営業を続けるものだと多くの映画ファンが思っていたことでしょう。

にもかかわらず、1月11日に掲載された、岩波ホールの2022年7月29日を以て閉館するという情報。映画ファンにとっては不意打ちのような悲報でした。岩波ホール側は、「新型コロナの影響による急激な経営環境の変化を受け、劇場の運営が困難と判断いたしました」と公式サイトで説明しています。

公式サイトでは以下のような文面でお知らせを載せています。

岩波ホールは、2022年7月29日(金)を以て閉館いたします。新型コロナの影響による急激な経営環境の変化を受け、劇場の運営が困難と判断いたしました。

1968年2月から多目的ホールとして開館しました。故 川喜多かしこ氏と、当ホール総支配人 故 高野悦子が名作映画上映運動「エキプ・ド・シネマ」を発足。インド映画『大樹のうた』を上映し、単館映画館の道を進み、これまで、65カ国・271作品の名作を上映して参りました。

54年間の長きにわたり、ご愛顧、ご支援を賜りました映画ファンの皆様、関係者の皆様に心より御礼申し上げます。

尚、「エキプ・ド・シネマの会」会員制度も2022月7月29日(金)を以て終了となります。(※新規募集・継続の受付は本日を以て終了となります。)
現在ご入会中のお客様は2022年7月29日(金)までご利用いただけます。
その他エキプ会員制度について詳細が決まり次第、改めてご連絡させていただきます。

今後の上映スケジュールの詳細については、岩波ホールホームページにてご案内いたします。

出典:岩波ホール

どうしてこんなことになったのか…

54年間の歴史をあまりにもあっけなく閉じてしまった岩波ホール。そのお知らせ以降、名残惜しさを語る人のコメントが後を絶ちません。それだけ多くの人々に愛されていたことがわかります。

そのコメントの中には「自分もコロナ禍となってからは岩波ホールに行けなくなってしまい、申し訳ないです」という後悔を綴ったものもあります。岩波ホールは高齢者の利用者も多く、新型コロナウイルスによるパンデミックの健康面の不安から足を運びづらくなった人は少なくないと思われます。もちろん高齢者だけでなく、幅広い年齢層の人が利用していたのであり、その動向も変化が起きたのでしょう。

間違いなくミニシアターや単館劇場がシネコンといった大手との競合に負けて淘汰されたというよりは、コロナ禍のインパクトが大きかったことが推察されます。岩波ホールの上映作品ラインナップはシネコンとは全く異なるものであり、あまり競争関係にはないことも忘れてはいけません。

しかし、だからといって映画館に行けなかった観客が悪いのでしょうか。

岩波ホール閉館の一報について、その反応の中には、国の対応を公然と批判する人も見られます。その理由は、日本政府による芸術文化関連施設への補償施策の乏しさです。

「SAVE the CINEMA」は、新型コロナウィルスの影響が拡大する中、所属や分野を超えて集まり、ミニシアターを救うためにできることをひとつずつ形にしてゆこうとスタートしたプロジェクトです。

公式サイトでは以下のように説明されています。

日本は、世界中の多様な映画を見ることができる世界でも有数の映画大国といえます。しかし、全国のスクリーン数のほぼ9割をシネマコンプレックスが占めるという日本の状況の中で、この映画文化の多様性を支えているのは残り1割のミニシアターのスクリーンなのです。

ミニシアターを守りたい。その想いから、有志の呼びかけ人、賛同者により政府に対して緊急支援を求める要望書を作成し、change.orgによって集められた署名とともに、政府や関係省庁へ要望書を提出。連携団体であるミニシアター・エイド基金は大規模なクラウドファンディングを行い、多くの支援を得ることができました。

5月21日、42都道府県の緊急事態は解除となりましたが、新型コロナウィルスの影響の長期化は避けられないと見極め、私たちは、他の文化芸術団体、演劇関係者(演劇緊急支援プロジェクト)、ライブハウス/クラブ関係者(SaveOurSpace)と三者共同で「We Need Culture」プロジェクトを立ち上げました。

出典:SAVE the CINEMA

他にもいくつもプロジェクトが立ち上がりました。「ミニシアター・エイド(Mini-Theater AID)基金」は新型コロナウイルスの感染拡大による緊急事態宣言が発令され、政府からの不要不急という言葉を用いた外出自粛要請が続く中、閉館の危機にさらされている全国の小規模映画館のミニシアターを守るため、映画監督の深田晃司・濱口竜介が発起人となって有志で立ち上げたプロジェクトです。

「SAVE the CINEMA」は、緊急的な支援として 新型コロナウィルス感染拡大防止のための自粛要請・外出自粛要請、また拡大防止対策 (時短営業や客席数を減らす等)によって生じた損失(観客数の大幅な減少)を補填することによる支援を求め、さらに終息後の支援として集客を回復させるための広報活動の充実、ゲスト招聘、特集上映などのイベントに対する支援も求めていました。

文化庁は「ARTS for the future!(コロナ禍を乗り越えるための文化芸術活動の充実支援事業)」(AFF)を実施したり、はたまた持続化給付金などに取り組んでいましたが、その支援は必ずしも充実しているものとは言えない状況でした。じゅうぶんな支援もなく、苦い思いをしている映画館もたくさんありました。自助だけではどうにもなりません。

今回の岩波ホールの閉館はそうした国の芸術文化への保護が失敗してしまった大きな象徴となる出来事なのかもしれません。

2022年1月現在、日本では新型コロナウイルスの変移株であるオミクロン株の感染の急激な増加によって、パンデミック対策が急務になっています。そのため、新たに不要不急の外出に関する自粛呼びかけがかかり、映画館に足を運びづらくなることが予想されます。それはミニシアターや単館劇場にとっては死活問題です。これまでずっと経営面で耐えてきた場所でも今回のオミクロン株拡大によってトドメを刺されてしまうかもしれません。

今一度、映画館を含む芸術文化に対して手厚い支援が求められます。国がもっと支援施策を充実させなければ、日本からどんどんミニシアターや単館劇場が消えていくことになるでしょう。